Morning, Noon & Night

随筆みたいなもの。言えない事もあるけれど、出来うる限り人生オープンで生きていたい。

任天堂のサマーセール

セール価格から更に20%オフという事で、ついつい買ってしまった…。

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ファミコン探偵倶楽部 PART II

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ブレス オブ ファイア II

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ファイナルファンタジーV

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ファイナルファンタジーVI 

 

ドラクエXIを始めた

PS4版を予約して買ったけれど遊ぶタイミング無く兄に渡していたものの、少しだけ遊んでみた。

ドラクエはIXもXも遊んでおらず、VIII以来だったが従来のシリーズの雰囲気を引き継いでるのは良い意味で素晴らしい。パッケージにも公式サイトにも書かれているのを見なかったが、きちんとサラウンドに対応している。SEもサラウンド。俺の感覚ではSEのサラウンドはちょっと誇張しすぎな印象で若干気になる。

 

PS4版の戦闘はシンボルエンカウント。倒すと敵が倒れるモーションもある。

ドラクエでこの演出はちょーっとなと。自分から攻撃を仕掛けると、RPGにおける殺戮と略奪が感じやすくて、慣れるまで辛いかもしれん。

CEDEC 2017、今年も行けず

毎年行きたいと思うだけで未だに実現できていないのが辛い…。

三宅陽一郎さんや後藤弘茂さんに、西川善司さんとか見聞に行きたいし、他の登壇者も気になるテーマが沢山。

今年はタイムシフト配信もあるが、安くはない金額だ。価値はあると言えるのはわかるけれど。

考えがちぐはぐ

情報セキュリティ事故の資料が回って来たけれど、気をつけろと言われたところで、これどこまで効果あるんだろ。
事故起こしたら損失大きいだの面倒だの当事者だけの問題ではなく会社全体の責任になり、管理者責任の問題も出てくると書いてある。脅しか。
そういう書き方は「それがどうした」と返されたらそれ以上なにも言えないと思うのだが。会社を転々とする人にとっては会社そのものの存続はそれほど重要ではないと思うのだが。1つの会社にずっといる人ならビビっちゃうのかね。
そもそも入門証なんていう身体と物理的に切り離された物の時点で紛失リスクあるだろとは考えないのか。部屋の出入りは静脈認証なのに敷地内の出入りはアナログな入門証(単なる紙。磁気カードですらない)で良しとする根拠はなんだろう。金曜夜に紛失して月曜に報告は時代遅れだと書いてあり、それはごもっともであり言いたいことはわかるが、それを言い始めてしまうとそもそもたかが紙きれでしかない入門証を未だに使っている事もまた時代遅れだと思わない理由はなんだろうよ。

まず物理的な入門証が無ければ紛失すらしないわけでな。

 

まとめると、防止策にコストと時間を費やさずに、ただただ発生させるなと一方的に言うのは本当に正しいのかね。

人はミスをする生き物なのだから、人数減らすしかないんじゃないの。

年齢と嗜好の変化

歳を取り、色々経験を積んでいくと嗜好や価値観が変わる事もけっこうあるわけで。

例えばスポーツ。10代は学生なのもあり、好き嫌いに関係なく半強制でやらされたりする。20代は暇な時になんとなくTVで見る事もあったけれど、30代になった今では見る気すら無い。よほどの気まぐれでなければしたいとも思わない。

理由は簡単で「他人がスポーツしている姿を一方的に見て何が楽しいのか」というところ。スポーツはするものであって、見るものじゃない、と。今の俺は運動が嫌いなので自分からはスポーツをしない。結果としてスポーツを見る理由が無い。これが趣味でスポーツをしているのであれば、トップアスリートはどうしているのかとか興味も出ようものだが、そこにも行き着けていない。

頑張ってる人を見て応援して、感動し、勇気を貰う、というのは確かにあるけれど、個人的にそういう外的要因からの刺激でやる気が長続きする事はまれだ。多くはない。それはどちらかと言えば初動への影響が大きい。

ま、あくまで今の考えだから今後また変わる事もあるだろう。事によっては今好きなジャンルが嫌いになってるかもしれない。その可能性はある。そうじゃない可能性もまたある。

過去を捨てる事なく、柔軟に対応していきたい。人生は死ぬまで積み重ねなのだから。

先に譲歩するのはどちらだ

成果も出さずに色々要求するのはアレなのもわかるが、良くない環境に放り込んでおいて成果を出せと要求してくるのもアレでしょうよ。仮に成果を出したからと言ってこちらの要求が通る保証も無いし。

仕事提供側が働きやすい環境を作るのと、労働者側が働いて成果を出すのはどっちが先なのか。

インプットが良くなければ、当然アウトプットだって良くないのは理解していると思いたい。

勘違い

メディアで高橋李依を見かける度に「あれー、落ち着いてるなぁ。ハイテンションキャラは封印したのかね?」と首を傾げていたのだが、ちゃんと確認したら村川梨衣と勘違いしていた事が判明。

若手はどんどん出て来るし、俺は歳を重ねて覚えが悪くなっているしで、いかんな。

なりたくないタイプ

 ああはなりたくないタイプというのは誰しもあると思う。俺もある。

 ここ20年近く目にするもので、ああなりたくないと思うタイプは「良いとされるものを信じないのに、駄目と評されるものを信じるヤツ」。

 ダメとされるものを鵜呑みにして自分の目で直接確認もしないし、良いとされるものもまた自分で確認もしない。そういうタイプを俺は余り評価しない。

 結局、そういうヤツは自分にとって良いものを探し求めているわけではなく、ただ単に一般的に地雷とされるものを避けることに必死でそれ以上でも以下でもない。リスクを取らないからリターンも無い。非常に面白くなく、つまらない。

 石橋を叩いても渡らないやり方も一つなんだろうけど、最近の俺はダメなんだよな。年々、歳を重ねる毎に刺激が欲しくてリスキーな選択を取りつつある。若い頃のほうが比較的安定志向だったけれど、やっぱりそんなのはつまらんという事に尽きる。

映画「ベイビー・ドライバー」(2017年)

映画館近くへ立ち寄ったので、勢いで見てきた。

この映画を知ったのは先週末だったので、俺の中では超早い。予告編を見て、これは観なくてはならないと思った矢先。

本来の用事がすぐ済んで、小一時間しないうちに上映するスケジュールだったので観た。多分、この機会を逃したら次どうなるか分からんし。

で、感想。

洋楽とクルマと、あと映画が好きならまず観ろ。って感じだ。ワイルドスピードがシリーズ重ねてよくわからん方向へ向かってるのを嘆いていた人は観ても良い。単発でこういう作品なら俺はオッケー&ウェルカム。

アクションシーンに合わせて音楽があるのではなく、音楽に合わせて作られたアクションシーンというものがとても新鮮。アニメとかだったらプレスコと呼ばれるものだろうけど、無知な俺は実写でそういう取り組みした作品を知らん。

パンフレットは売り切れ、サントラはAmazonで品切れ中。マジか…。

帰り道は自然とアクセル踏んでしまうし、音楽もノリの良い曲を再生してみたり。楽しいね。こりゃあ円盤が欲しいぜ。

映画「東京無国籍少女」(2015年)

Netflixにて。

尊敬、というよりも敬愛すると言った方がいいのか、大好きな押井守監督の作品。

特に説明もなく始まり、静かに物語が進んで行くので、どこへ向かうのかと思っていたのだが(そもそもの前提として押井映画は100人中95人が理解できるような大衆向けの作品では無い)、ふとしたところからクライマックスに向かって始まるアクションシーンが素晴らしい。

現実の可愛い美少女が銃器を持って美しく戦うなんてのはフィクションでなければできないね。

ラストまで見ての第一印象は「結局、アサルトガールズ(戦う女性)じゃねぇか!」といったところ。

しかしそのアサルトガールズも元を辿ればゴーストインザシェルだしな…。

押井監督の映画はショートカットの強い女性がいてこそなのだと、新作を見るたびに改めて思う。

ベラベラと説明や解説をしている大衆映画に飽きたら押井映画を見ると良い。自分は何も考えずに楽しめる映画が好きなのか、観る側に考えさせる事を要求する映画が好きなのかが分かる。

また買ってしまったCD

「一応の水準で鳴っているなら、装置に金をかけるよりレコードを1枚でも多く買いたまえ、名曲を聴きたまえ。さんざん装置に金をかけた私が自分の愚かさを痛感して、これを言う。」五味康祐

もう色々とキツいです。

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ノラ・ジョーンズ「フィールズ・ライク・ホーム」 

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ノラ・ジョーンズ「ノット・トゥ・レイト」

買ってしまったCD

「一応の水準で鳴っているなら、装置に金をかけるよりレコードを1枚でも多く買いたまえ、名曲を聴きたまえ。さんざん装置に金をかけた私が自分の愚かさを痛感して、これを言う。」五味康祐

予定外の出費。予定調和な人生はつまらんという観点から見れば、予定外もまた人生の楽しみと言える。

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長渕剛「BLACK TRAIN」

曲を聴いて惹かれてしまったからには買わない理由が無い。

www.youtube.com

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シュガー・ベイブ「ソングス」

気になっていた物を見つけてしまったからには買わない理由が無い。

金額ベースで製品購入を考えて悩む事の限界

どんな商品でもそうだが、金額ベースで考えると安物は「それなり」止まりだし、コストパフォーマンスが良いとされるものは「そこそこ」でしかない。

例えばオーディオにおけるレビューを見れば大抵が普及価格帯の物はみな一様に「価格を超えた」「クラスを超えた」という高評価の記事がほとんど目につくと思う。結局はそればかりだ。

クルマのチューニングにしても激安マフラーチューニングみたいな金額重視のものばかり特集され、本気で時間とお金を注ぎ込んでいる記事はある種の象徴でしかなく、自分とは関係の無い、違う世界の事だとし、自分も似たようなのをやってみようというバカは少ない。

オーディオも同様だが目に見えないからなお酷い。自分の明確なイメージを持っていないと迷走し、アレコレとオカルトも含め手を出した挙句、最終的には何も得られなかったと思う例だってあろう。費やした時間とお金の中から自分自身で「なにか」を拾い上げられないのだ。

我々庶民からすればクルマも家も一括で買う人はそう多くなかろう。しかしローンを組んででも買う人がいる。

趣味も行き着くところは同じだ。自分にとって欲しい・必要だから買う。それだけの事。そこに金額の大小や、ローン・一括の差異を考える必要は無い。重要なのは「(最終的に)払える金額であり、払う気のある金額か」だ。最初に予算の限度を立ててしまうのならばその範囲内でやればいいし、それで不満なら限度を上げるしかないのだ。スポーツ同様、自分の限界は自分で決めるべきだろう。高い高いと不満を言ったところで値段が下がる可能性は低い。ならば自分から手の届く距離へ移動した方が短い時間になるやもしれぬ。

映画「劇場版 "文学少女"」(2010年)

blu-ray版にて。

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公開当時、20代半ばの俺は劇場で観て泣いた記憶が蘇る。

機会が巡り、約7年ぶりに再び観たけれど、作品全体の印象はあまり変わらず「良い作品、好きな作品」だなと。

正直、未だに原作は未読である。完結しているのだから読むべきではあるのだが…。

派手さは無い作品なのでその分、落ち着いて観られる。そこはとても良いと思う。他にも、宮沢賢治を読み直すか、という気にさせてくれるのも良い。

BGMは伊藤真澄さん、主題歌はeufoniusであり、いずれも作品とのマッチングが素晴らしい。

物が多すぎて整理できない、という事がある。俺もそういうタイプだ。

他人にならば「不要なのを捨てればいいのに」みたいな言葉を言われる。ごもっとも。しかし、これは「必要な物が溜まっていった結果」でもある。極端に言えば不要な物など無い。昔から今の自分の人生を物で見える形にしているに過ぎない。

例え陽の目を見る機会が限りなくゼロに近かろうがそれは不要では無いのだ。もちろん、必要だという事でもない。

なぜこんな状態になるのだろう。

言ってしまえば人生という時間の積み重ねに対して、固定された部屋のサイズが許容量を超えるとこの現象と認識できるようになるのではないかと思う。逆に言えば部屋のサイズさえ大きくなるのであればある程度は物が整理されると予想してる。実証は難しいが。