Morning, Noon & Night

随筆みたいなもの。言えない事もあるけれど、出来うる限り人生オープンで生きていたい。2016年7月下旬からホームオーディオ始めました。

徒然と

 思った事を適当に書く。
 まず思想も行動も選択も自由であるべきで、その上で自分は何を選ぶのか。
 というのがシンプルで良いと俺は思うのだが。
 極端に言えば、法に裁かれる覚悟があるのならば法を犯しても良いとすら俺は思ってる。
 ただその選択は現実的ではないし、現実になるのであればそれは相当の覚悟でもあるという事は伺える。
 ルールは守るためにあるし、破るためにもある。地球に朝と夜があるように、人にも表裏はある。正義と悪もある。どちらかのみというのはそれはそれで不自然な状態といえなくもないだろうか。
 例えば人間が管理・維持してる自然は果たして自然といえるのか。人が手を加える必要性の有無はどこにある。
 人工的なものは暖かみが無いと言いつつも、人が作った巨大な建造物には感動しないのかといえばそうでもなかろう。
 例えばCDはレコードよりも暖かみがなく冷たいと言われた逸話もあるが、レコードは当時すんなり受け入れられたか? レコードだって生演奏に比べれば暖かみは無かろう。レコードを知らない世代から見ればCDが暖かいか冷たいかは分からん。むしろ扱いの面倒臭さやノイジーがあるのが嫌かもしれん。
 レコードがいくら音質が良いと言われても、仕様上の数値はデジタルの方が有利な点も多々ある。レコードこそが最高のアナログ録音媒体だ、なんてわけはなかろう。レコード以上の媒体は人間には作れないとしたら、それもまた変な話だろう。
 正確な音が欲しいのであればアナログよりもデジタルの方が有利だ。アナログは無限大の情報量だから波形は歪まないし、デジタルは拡大すれば波形がギザギザ。とはいえ、デジタルだって精度を上げていけば人間に判断付かないレベルのものは出せる。色なんか最たるもので、256色や65536色は判別できたとしても、約43億色にもなれば判別できまい。
 聴感上の心地良さを求めるのならば、自分にとって合う物を探すだけであって、アナログとかデジタルとかを先に論じる必要は無い。結果としての俺はアナログだったとか、自分にはデジタルだったとかはあると思う。

 レコードにこだわる事でレコード以上の物を選べなくなる事もあるだろう。CDはデジタルを追求したからSACDに行き(音質追求としては正解だと俺は思うが、普及や商業的には成功とは言えない)、昨今はハイレゾへとたどり着いた。今後どうなるかは知らん。

 レコードにはレコードの良さがあり、CDにはCDの良さがあり、SACDにはSACDの良さがあり、ハイレゾにはハイレゾの良さがある。ラジオだってAMの良さはあるし、FMの良さもある。文字にして書けば当たり前の話ばかりだ。
 結局のところ、画一的な物は無いのだ。全てはそこから始まる。