Morning, Noon & Night

随筆みたいなもの。言えない事もあるけれど、出来うる限り人生オープンで生きていたい。2016年7月下旬からホームオーディオ始めました。

異性に求めるところ

30代も中盤が近づいてくると、30前後の頃よりも周りの声がうるさくなってくるわけで。都市部はしらんが、田舎じゃまだまだよくある光景。それに加えて昨今の娯楽の多さもあってか異性と会う機会は減少し、結果として晩婚化が進んでいる世の中。

「男はお金が無いから結婚できないし、女はお金が無いから結婚したがる」というのは一つの真理だなと思う今日この頃。

生物なので年齢とともに老化していくのは避けられない事実であり、容姿や容貌にこだわれるのは20代までだろう。30代では例え口に出しても時間的・精神的余裕が無くなってくる。一部の例外を挙げて希望を持ちたい気持ちもあろうが、それにはまず自分自身が例外にならなくてはいけない。

人生の伴侶になるのだから長く付き合える・合おうとするだけの「なにか」が必要だ。性格や人間性が良いとか、知識や知恵があり理解や頭の回転が早いとか、何かしら一芸に秀でいて芸達者だ、などなど。

しかしそういう人は今の世の中、1人でも生活できてしまう。

昔は結婚し、家族ぐるみで相互互助しなければ生きていけなかったわけで。

今はどうだろう。優秀な人ほど自分の道を歩んでいる。ある意味、道を極めんと邁進している。結果的に独身者も相応の数いる気がし、逆に結婚して子沢山な人は個人としてどこまで優秀であろうか? まぁこれは印象の話だし、仮に割合が出たところで傾向しか掴めない。

先ほど「異性と会う機会は減少し」と書いたが、それはあくまで現実のみの場合だ。ネットを含めれば必ずしもその限りではない。知り合う機会はトータルで増えている。問題はその先だ。知り合うだけで終わっているのだ。

互いに望まない限り「広く、浅く、薄い関係」でしかない。仮に片方だけがより深い関係を望んでも、それでは足りない。

ましてや基本的にネット上における表向きのやりとりは記録に残るし、大抵の場合は他者も見ようと思えば見る事が可能だ。異性に絡むのは公衆の面前でアピールするのに近いし、もしダメだった場合は下手すればみんなの笑い者になる。メールなり、SNSのダイレクトメッセージなりで閲覧範囲が限定される方法もあるが、これもまた相手が自分を晒し者にする可能性も少なからずある。油断はできない。

仮に良い感じになるところまで進んでも、いざ別れるようなケースに至った場合、相手が自分の情報を流す(真偽どちらも含め)事も有り得るし、思いが強ければ強いほど自分自身がそうなってしまう懸念もある。

そういう風に、相手の事を考えた時に冷静に状況分析したり損得勘定が働くのならば、本気度が足りない可能性があるかもしれない。

そんな感じで、僕は知識や趣味、思想が近似で会話が成り立つ女性を探してます。